プロジェクトの成果

平成19年度のプロジェクト全体成果

平成19年度は研究計画の予定通り以下のように研究を実施しました.

研究概要でも述べたように,本プロジェクトでは,大学生が,ファシリテーターなど第三者の支援なしに自分たちで科学技術のテーマについて対話を行う「自律型対話」の能力を育成するためのワークショップ型学習プログラムを作成します.平成19年度は,そのための調査,実証分析,コミュニケーション評価指標の作成,暫定版授業シラバス作成などを実施しました.

1)コミュニケーションのスキル調査,ワークショップ事例調査

a)日本メディエーションセンターの主催するメディエーション基礎講座に参加し,主に以下のような知見を得ました.
 (ア)参加者の立場でのワークショップの体験実感
 (イ)ワークトレーニングの実践手法
 (ウ)目的意識と振り返りの重要性
b)大阪大学コミュニケーションデザインセンターの集中講義「科学技術コミュニケーションの理論と実践」の授業見学をさせていただき,以下のような数多くの知見を得ました.LSSLの推奨授業シラバス(半期15回型演習モデル)は,この阪大CSCD演習モデル(*注1)に多くの示唆を受けています.
 (エ)具体的な授業デザイン(集中講義型演習モデル)
 (オ)授業実践上の様々な工夫・仕掛け(専門家の招聘やインタビューの実施など)
 (カ)グループ活動への教員の関わり方
c)科学技術社会論や科学哲学がご専門である戸田山和久名古屋大学教授に,科学技術をテーマとする合意形成型ディスカッションの実践および評価の際の注意点についてヒヤリングさせていただき,以下のような,LSSLのプログラムおよび評価指標の作成理念に非常に大きな示唆をいただきました.
 (キ)ディスカッションの評価と参加者のスキル評価の区別の明確化
 (ク)参加者間の評価と観察者の評価,両方の重要性(両視点を持つことの重要性)
 (ケ)議論の評価ポイント(論点や視野の広がり,主張の変化など)
 (コ)ユーザーとしての教員の要望(議論のできの客観的評価指標など)
 (サ)議論の禁じ手
 (シ)議論トピックの選定方法

*注1:八木絵香, 春日匠, 小林傳司:科学技術コミュニケーション演習プログラムの開発.CSCD方式の提案, Communication-Design, Vol. 1, pp. 107.123 (2008)

2)大学生の議論実態を把握するための対話収録

対話の収録は,a)実験的アプローチと,b)アクションリサーチによる実践的アプローチの二つの柱で行いました.

図1 対話収録の様子
図1 対話収録の様子

a)実験的アプローチでは, (ア)支援者(司会者)の支援のタイミングの検討,(イ)評価指標の整備のための素材となる大学生による議論データの収集,(ウ)「良い議論」「悪い議論」のサンプル収集,を主な目的として以下のようなデザインで収録実験を実施しました.
【対象】関西の2〜4回の大学生.6名(男:女=理系:文系=1:1)/1グループで計54名.

表1 実験条件
 条件
(0)(1)(2)
1回目支援無支援有支援無
2回目
3回目

【条件】 (0)支援無条件,(1)1回目支援条件,(2)2回目支援条件のグループ間3水準(表1参照)で,各条件3サンプルで計9グループ,27回のディスカッション(平均36.1分).
【議論テーマ】
(1回目)Yutubeは規制すべきか,規制するならどのような方法で規制すべきか.
(2回目)監視(防犯)カメラは設置すべきか,設置するならどのような条件で設置すべきか.
(3回目)大学のレポート課題においてWikipediaの利用を認めるべきか,認めるならどのような形での利用まで認めるか.
●結果1
支援者の介入の効果に関しては,事後アンケートの結果の比較から,「様々な角度で考える」ことが,2回目支援条件の3回目で,最も「よくできた」と回答する人数が多くなりました.このことは,「様々な角度から考える」ための具体的な方法論(メリット・デメリットを考えることなど)は,他者に教えてもらうなり,他者の行為を見て学ぶ必要のあることだからであると考えられます.逆に,「積極的に発言する」「人に左右されずに自分の意見を述べる」「しっかりと聞く」などに関しては,本人がどう意識するかの問題であるので,司会者によって,気付きが与えられるようなものではありません.つまり,支援者を伴った議論を経験することで得られることは,ある種の議論進行スキルに限られる可能性があります.このことを踏まえて,我々は当初,授業プログラムには支援者が入る議論経験が必須要素であると考えていましたが,議論進行に関わる,特定のコミュニケーション能力のトレーニングとして取り入れるという方策に切り替えることにしました.
●結果2
このデータ(27回分のディスカッション)を元に,ディスカッションプロセス上のコミュニケーション評価指標を作成しました.具体的には,後述「対話分析・対話モデル化」を参照下さい.

b)アクションリサーチによる実践的アプローチでは,生命倫理学の授業を対象にした授業観察を実施しました.実際に行われているワークショップ型授業の分析を通して,学生の話し合いの深まりを阻害する要因や効果的な話し合いの指標となる属性を洗い出しました.
【主な授業トピック】倫理原理の理解,生命の始期/終末期における法と倫理,専門職者としての態度形成,患者の権利を尊重した医療とは,など.
【受講生】受講生27 名(男10名,女17名;修士1年)
【授業形態】授業トピックについての講義のあと,5つのグループに分かれ,グループごとに話し合う.1回の話し合いは約15〜30分間で,計3回.
●結果
多くのグループでは話し合いの時間が始まってすぐに議論の本題に入らず,議論の目的や方法を共有するために長い時間が使われました.短い授業時間で効果的に議論を導入するためには,議論の導入目的や話し合う手順についての説明が重要であることが示唆されました.議論内容が比較的展開したグループでは,断続的に出現する葛藤(意見・主張の批判・検討)または協調(意見・主張の承認・発展)の間に適度な停滞があることがわかりました.これに対して,議論が深まらなかったグループは,発話間インターバルが極端に短く,会話がほとんど停滞しない場合(おしゃべり型)と,会話の停滞が何度も見られた場合(停滞型)のいずれかでした.このことから,発話間インターバルや発話量,議論の停滞が議論内容の質と密接に繋がっている可能性が示唆されました.

3)対話分析・対話モデル化

上記2)−a)の対話収録データから,各ディスカッションの音声の書起し・ビデオクリップを作成し,以下の手順でコミュニケーション評価リストの作成のための対話のモデル化を行いました.

図2 評価指標作成過程

図2 評価指標作成過程

(ア)各場面に対する印象評定,(イ)印象評定結果の因子分析,(ウ)各場面の因子得点パターンの取得,(エ)因子パターンごとの対話プロセスの特徴分析,(オ)各因子に対応する対話プロセスの特徴を分類,(カ)各因子を上位項目,対話プロセスの特徴を下位項目とするコミュニケーション評価リストを作成.

 第一因子「場の活発さ」
 ・積極的な聞き方・積極的な発言・全員参加の議論
 第二因子「議論の多角・統合」
 ・議論の管理・多様な視点の提示・議論の集約
 第三因子「参加者の関係性」
 ・他参加者への配慮・対立意見の提示の仕方,処し方
 第四因子「議論の展開・洗練」
 ・意見の明確化・意見の吟味・複数の意見の関連付け
 第五因子「参加者の態度」
 ・誠意的な聞き方,話し方・発言の信頼性・発言のわかりやすさ

4)授業設計・授業実践

H19年度は,メンバーの所属大学である(i)芝浦工業大学,(ii)九州大学において,それぞれその時点までに実施した調査や分析を基にワークショップ型の授業を設計し,実施しました.
(i)芝浦工業大学
土木工学を専攻する学生に対して,土木に関わるトランスサイエンスの問題を議論し,グループとしての結論を発表する形の授業実践を前・後期にわたって実施しました.前期は主にプレゼンテーション能力の向上を目指し,後期は主にディスカッション能力の向上を目指した授業設計をしました.

授業の実施時期平成19年度前学期
授業名土木ゼミナール
主な授業内容東京一極集中の是非,日本橋における首都高地下化,都心部の大幅な容積比率緩和と通勤混雑の問題などについて,グループで議論し,プレゼンテーションを行う.
受講生土木工学科の学生9名
授業形態授業は計6回.
1回目自己紹介,班分け,課題決定,ブレインストーミング
2回目小講義(ディスカッションの進め方),課題に対する賛否表明,グループ・ディスカッション,再度賛否表明,小講義(プレゼンのポイント)
3回目プレゼンテーション,講評(各人)
4回目プレゼンの採点結果・分析の発表と講評,自班のプレゼンのビデオを見ながら振り返りディスカッション,各班の改善ポイントの発表
5回目2回目プレゼンテーション,講義(対話を通じての自己理解)
6回目2回目プレゼンの得点発表,全員での振り返り,感想レポート作成
工夫点などプレゼンテーションを「話し方」「聞き方(質問)」「話し方(回答)」にわけて,mannerとmatterについて全員で評価を実施.

授業の実施時期平成19年度後期
授業名土木工学セミナー
主な授業内容交通サービスにおける安全と利益のどちらが大切かを議論し,各人のテーマおよびコミュニケーションに対する意識変化を促す.
受講生土木工学科の学生15名
授業形態授業は計6回.
1回目ガイダンス
2回目ディスカッション(ポスター作成のため),AHP法による意識調査
3回目ディスカッション(経済と交通の専門家へのKeyQ作成のため),ディスカッション評価(1)
4回目専門家ヒヤリング(交通:国土交通省・河合氏,経済:東京海洋大・寺田氏)
5回目ディスカッション評価結果の説明,ディスカッション,ディスカッション評価(2)
6回目ディスカッション評価結果の説明,ポスター発表,AHP法による意識調査
工夫点などディスカッションの評価とテーマに対する意識評価を分離.

図3 芝浦工業大学での授業実践試行
図3 芝浦工業大学での授業実践試行概観図

(ii)九州大学
上記2)‐b)アクションリサーチによる実践的アプローチの授業分析結果の知見を活かしつつ,ディスカッション技能の育成を目的とした授業「ディスカッション技能育成科目の授業実践」を計画・実践しました.

授業の実施時期平成19年度後期
授業名創造的ディスカッション技能を育むには(大学院共通教養科目)
主な授業内容議論法の基礎,ディベート実習,KJ法を使った問題探索,など.
受講生男名14名,女2名; 修士課程1年生
授業形態授業数は全11回.1回の講演を除き,全ての授業はワークショップ型授業.(1)の授業観察を踏まえ,議論法の基礎を訓練した後に,様々な議論実践課題に取り組むというスタイルをとった.
5)シラバス作成

3)で述べたコミュニケーション評価リストを複数の評価用紙のセットからなる「ディスカッションチェックシートver0.1(図4)」としてまとめました.ディスカッションをこのチェックシートによって評価するフェーズを授業のプログラムの中心に据え,さらに上述のヒヤリング調査,対話収録データの分析とモデル化,および授業実践の分析結果をまとめて,H20年度の実践のための半期15回の推奨授業シラバス(暫定版:図5)を作成しました.このシラバスは,図5内の四角で囲まれた単元=モジュールを,実際の授業形態にあわせて組み替えたり,必要なモジュールだけ実施するなど,柔軟な使い方ができるよう設計されています.

図4 ディスカッションチェックシート群図5 自律型対話プログラムによる推奨シラバスイメージ
図4 ディスカッションチェックシート群図5 自律型対話プログラムによる推奨シラバスイメージ

6)ワークショップ開催・広報活動

プロジェクトの研究開発内容に関する広報活動,関連する研究者からの情報収集,大学や企業のニーズ把握を主な目的として,認知科学会第24回大会においてワークショップ,サイエンスアゴラ2007においてブース展示を行いました(これらについては,「プロジェクトの活動履歴」をご覧下さい.).その他,活動履歴にありますように,多くの学会で発表を行っていますが,ポスター形式の発表を多く取ったのは,来場者に対して,プロジェクト活動を広報するとともに,成果物をどのような形にすれば広く使ってもらえるか,現場の生の声を聞くためでもあります.これらの内容が上述のモジュール式(組み替え可能な)授業シラバスのアイデアとして生かされています.

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